山のことば ※ (深田久弥 日本百名山より抜粋)
1) キレット
山の言葉にキレットと言う用語がある
キレットとは何を指すのか
日本の言葉で漢字で記せば「切戸」あるいは「切処」とある
大きな山と山を結ぶ深い切り込み 手足を存分に使い下り
そして再び登る緊張感。運命のくぐり戸に「切戸」を当てたとあります。
2)アルバイト
アルバイトとはドイツ語で労働のこと
山用語でアルバイトとは(厳しい・きつい登り)のこと。
当然ながら稼ぐのは高度に尽きる 無償の労働である
激しい運動に心身は鍛練され体にカツが入り
精神衛生上もこれ以上の儲けはない
3)キジ撃ち
「キジも鳴かずば撃たれまい」と言う諺があるが
国鳥ながらキジは狩猟鳥獣として認められてる
ところで登山中にちょっとキジ撃ちに行ってくると告げられたら
間違っても興味本位でついていってはいけない。
草むらに隠れてコソコソまでは本物のキジ撃ちと一緒だが
登山用語のキジ撃ちは、つまり用を足す事である
状況によってはオオキジ・コキジと使い分ける
「お花摘み」は女性の場合の一般的な用語です
4)ゴーロ
ゴーロとは、ゴロゴロと大岩や石が転がってること
深田久弥も書いてるように黒部の奥の岩が転がる山(黒部五郎岳)
野口集落の岩が転がる山(野口五郎岳)と言う訳である
ただ野口五郎岳の五郎は人名という異説もあり
必ずしもすべて五郎=ゴーロではないかもしれない。
5)賽の河原
この世とあの世の境を流れ、人が死んでから7日目に渡るのが
三途の河原で この川の畔に広がるのが賽の河原
荒涼とした河原には死んだ子供の霊が彷徨い父母を恋い慕いながら
河原の石を積み上げる それを鬼が崩してしまい泣きながらまた積み上げては
崩されると言う繰り返し・・・・
このイメージえお現世の自然の中に当てはめたのが日本各地に点在する
「賽の河原」である
6)オカン
山用語のオカンとはテントなどの宿泊用具を持たず野を宿とすることである
カッパまで着込み ザックに足を入れて ひざを抱えて岩陰に身を寄せる様な
遭難一歩手前のせつない夜明かしのことだ
その状態をなぜオカンと言うのだろう
夜明けまでの長時間 背筋をムズムズと走る悪寒から発生した言葉だろうか
あるいは最悪に事態を迎えてお棺に横たわることが言語だろうか・・・・
7)一本
「一本立てる」とは休憩をとると言う意味である
山道で荷を運ぶポッカ(歩荷)さんがその背負子にした荷に杖をあてがい
立った姿勢で休憩をとることに由来する言葉である
8)頭
山の固有名詞にしばしば使われる言葉の一つ 沢や谷の源頭部であることが多い
例えば丹沢山塊には 数多くの頭がある 丹沢山と宮ヶ瀬を結ぶコース上など
頭の展覧会とばかりに ずらりと並んでる
なお頭は多くの場合 アタマと呼ぶのが通例 一部にカシラと呼ぶ場合もある
但し越中富山ではズコと呼ぶ場合が多い スゴノ頭は「スゴノズコ」と呼ぶ
9)合目
一部の山にのみ出てくる昔の里程表示である
登山道を1合目、頂上を10合目として登山コースの目安に区切ってる
日本独特の表現と思われる
歩きやすい道に比べ 急峻な道になると合目石の間隔は狭くなる
距離ではなく 難易度や疲労度を考えて十等分してるようだ。
もちろん例外もある 恵那山では九合目を過ぎて十合目になっても
頂上は遥かかなた頂上に至るまでは延々と二十合目まで在る
10)お花畑
山のお花畑は過酷な環境に耐え抜くタフな草花の集まりである
凄まじい烈風と生理的乾燥 あるいは夏のひと時しか解けない積雪に耐え
未発達の薄っぺらな土壌に根を踏んばる 雪解けとほぼ同時に成長を開始
短い夏に開花 結実を果たし 完全燃焼で生を謳歌する
こうした健気にしてしたたかな花々の生き方も お花畑が持つ一面である。
11)馬の背
「馬の背」だが馬が身近な存在であったからこその名前であろう
馬の背とは両側が切り立った細い尾根=ヤセ尾根の意で使われる言葉である
ただ通行に支障をきたすほどは切り立ってない場所が多いようだ
馬の背より幅広い尾根の場合は「牛の背」と呼ばれることがよくある
一方 馬の背よりさらにスパッと切り立った尾根はナイフリッジ(またはナイフイッジ)と
呼ばれる事が多いが なかには「蟻の戸渡り」と名付けられる場所もある
牛も蟻も大小の差こそあれ 馬同様身近な生き物であったのだ
ちなみに六甲山系には「山羊の戸渡り」と言う痩せ尾根がある
果たして近辺では多くの羊を飼っていたのだろうか。
12)野湯
ノウと読む人もいればヤトウと読む人もいる 人工的な入用施設のない
天然自然温泉のこと、 八ヶ岳の本沢温泉・北アルプスの高天原温泉・苗場山の赤湯などは
自分の足で行かなければ辿り着かない温泉で秘湯といえる。
これらは山小屋や旅館が管理してる温泉であり厳密な意味で「野湯」とは言わない
野湯と言ってもその状況は様々で車から降りて直ぐ脇に湯煙を上げる物もあれば
登山道の直ぐ脇に沸々とわくものもある しかし深山にわく本物の秘湯も少なくない。
13)ボッカ
ボッカは大荷物を背負って運ぶという意味で使われる山用語である
それ日本語なのと聞かれると、ちょっと詰まってしまう
ボッカは「歩荷」「背荷」「物荷」などと当て字されるれっきとした日本語だ。
古くから越中や信州で使われてた言葉らしい
ことに 信仰の霊山・立山では標高約3000mの雄山に鎮座する雄山神社奥社への講中登山が
盛んだった江戸時代中期ころに建てられた室堂などへの生活用品や資材の運搬一切が 人の背で
行われてた。 その際の荷稼ぎ労働者の事をボッカとよんでいたようだ。
14)ガス
ネコの目のようにめまぐるしく変化するのが山の天気。
雲一つ無い青空が山頂に着くやいなや、濃密な霧の塊に飲み込まれ あっと言う間に
右も左も上も下もわからない白一色の世界に包み込まれることさえあるのだ。
こういったとき、あまりの悔しさに口をつくのが「ガスった」の一言
この場合のガスとは霧のことだ。ガスが沸くと言いば霧がわくことであり
それが変化して「ガスる」などと言う使われ方もするわけだ。
15)ピーカン
雲一つ無い青空をピーカンという
あまりの空の広さと青さ すがすがしさに「どピーカン」と強調して使われることもある
このピーカンとは 缶入りピースを語源としてるようだ もちろんピースはたばこの銘柄。
濃紺色の他にオリーブの葉をくわえたハトがデザインされてる缶に両切りたばこ50本入りで売られてる
この缶の農紺色が雲一つ無い青空を連想されることから ピーカンと言う言葉が誕生した
と言う説が有力だ。
ちなみにピースがこのデザインに成ったのは1952年(昭和27年)デザインは
レイモンド・ローウィによる 20世紀を代表する工業デザイナーである
16)カモシカ山行
カモシカ山行と言う言葉がある
夜を徹し長躯早躯でひたすら山を歩き続けることである
山岳会のトレーニングとしても、しばしば行われる山行き形態だ、このカモシカ山行
てっきりカモシカの脚力に由来する言葉なのかと思いきや、そうではない
戦前から戦後にかけ山岳雑誌 ガイドブックなどの執筆で活躍した中村謙氏はカモシカ山行について
自著「山と高原の旅」に「私のペンネーム、加茂鹿之助を冠して、加茂鹿之助式夜行日帰り山行」
略して「カモシカ山行」または「カモシカ行」と言うのだと記してる。
18)ブキ
武器とはスプーンのことだ 軽量化・単純化と言う山の生活の象徴のようにかってスプーンは
唯一「武器」の尊称を奉られていた 箸ややホークは代用品であった。
ただし現在では山で食事を取るための物を総じて「武器」と呼んでるようである
ではなぜ武器なのか? 昭和20年代 敗戦の傷跡が生々しく 日々の食料さえ乏しい慢性的な
飢えの時代 それでも山へ行く山岳会はあった 合宿では 食料の調達から炊事までを食事当番が仕切る
「飯だあー」の一声に オオカミのように飢えた若者たちが勢揃い 一杯めは食事当番が配り
リーダーの「いただきます」で一斉にスプーンでかき込む 残り少ない二杯目は早い者勝ちなのだ
一杯目ではとにかく飢えを満たし 運良く二杯目にありつけたらゆっくりと味わって食べる
この殺気だった場面での主役 それが「武器」でなくて何であろうか!
19)ソータイ
「ソータイ」は遭難対策を目的とした特別な「ソーター無線」での交信である
登山者たるもの 遭難現場に居合わせた際には 積極的に力を貸すのが心得
(むろん自らの安全を確保してからの話だが)また山小屋スタッフが遭難現場に駆けつける事も多い
さらにこの様な臨時の救助人員ではなく 組織された民間の山岳救助隊も活躍してるのである
その代表格が「ソータイ協」でもちろん職場や学校での早退を推進する協会のことではない
「遭難対策協議会」の略称でさらに簡略化され「ソータイ」とも呼ばれる団体だ。
20)ラク
苦あれば楽あり という慣用句はそのままピッタリと山登りに当てはまる
ところで 山での「ラク」は楽ばかりではない。登山中に「ラクー」「ラーク」と言う大きな声を聞いたら
とっさに全神経を集中し 身に迫る危険に対応しなければならないのだ、ここで使われる
「ラク」とは落石のことだからだ。
さて落石には様々な原因がある 雪解けや霜どけでゆるんだ岩や石が剥離したり 気温の変化に伴う
膨張と収縮が岩をもろくさせることもある。地震で巨大な岩がごろりと転がり落ちる事さえ在るのだ。
とにかく万有引力が働く限り落石の発生を止めることは残念ながら出来ない。
また、自然要因だけではなく 人工落石による事故も少なくはない 絶対にあってはならないことながら
万全の注意を払って手がかり足がかりした岩や石でさえ ちょっとした力の加減でぐらりと落ちてく事も
ない訳ではないからだ。
21)幕
幕、とはテントのこと。 ちなみにテント場はテン場とも略すが、幕場とも言う
多種多様のテントの中で 登山様テントは独自のそして高度な発展を続けてる。
例えば 形状、古くは三角形 家形が支流であった、近頃はまずお目にかかれない。
カマボコ形もすっかり影を潜め、現在目に付くのはドーム形ないしそのバリエーションが殆どである
素材も随分進歩してる 幌布からビニロンと軽量化されさらに透湿加工された生地が多く用いられる様になった
非常用のツェルトもテントの一種。これは袋状の簡易テントで、たためば缶コーヒーサイズにも成る
超小型計量の製品は、安全登山の必需品だ。
22)分水嶺(ぶんすいれい)
斜面に雨が降れば、雨水は低い方に流れ、川となる
傾斜が2方向以上に分かれると、水もそれぞれの傾斜に沿って分かれて下る
水が分岐するこの境界を分水界といい、特に山に降った雨水がそれぞれの稜線に沿って分かれる境界線を
分水嶺と呼ぶ。とりわけ山国である日本には、低山の尾根まで入れたら、無数の分水嶺が存在することになる
そこで便宜上、分水嶺にはランク分けがされる
一つの山で生まれた複数の川がのちに合流し、一つの川となって海に注ぐ場合が小分水嶺
分かれたまま同じ海域に注ぐ場合が中分水嶺、それぞれ別の海域に注ぐ場合が大分水嶺、または中央分水嶺だ
日本では太平洋側と日本海側を大きく二分するのが中央分水嶺と成るわけである。
23)フリー
岩登りが隆盛すると、それに伴って道具も進歩した
岩に穴を開け埋め込むボルトや、アブミ(携帯可の簡易ハシゴ)の利用は岩登りの難度をぐっと下げた
その時流に抗うように、アメリカのコセミテなどから発生したのが、登攀用具を排除する風潮。
岩に傷を残さずに安全確保の道具だけで、際どい岸壁を上るのである
これをフリークライミング、略してフリーと呼ぶ
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