令和1年6月23日
天候(晴れ~曇り)
新潟県
![]() 摂田屋の風景 長岡の市街地は太平洋戦争で市街地のほとんどが消失しましたが 摂田屋は危うく難を逃れました おかげで醸造関係を中心に明治大正の建物が残り 何処か懐かしさの感じられる風景が在ります ![]() 老舗宿「会禄」 アホうどり 二王子岳を下山後に泊まった宿「会禄」さんです 老舗旅館で優しい女将さんのお持て成しを頂きました 夕食は近くに在る「アホうどり」さんへ ![]() 揚げ物 焼き鳥 宴会開始 旅の前にネットで検索しSu-さんが見つけたお店です 極ダレの焼き鳥 揚げ物 サラダ などなど チョー満足の料理が並び行き場を失って居ました 飲み放題 串焼きが6品に他の料理も次々と出てきます 食べ終わるとデザート。。。 帰りには焼きおにぎりのお土産まで付いて!なんと一人¥3000です こんなお店が地元に在ったらと感激の宴会でした 店主にお礼を言ってお店を後に宿へ帰る 山の疲れも吹っ飛び 楽しい一夜の思い出が出来ました ![]() 三条別院 本 堂 三条市に在る「三条別院」で御坊市が開催されています 寺の中を開放し 地元の職人さんが作った物と思われる想作品が並んでいました ![]() 小嶋屋総本店 布乃利そば 昼食は長岡に在る小嶋屋総本店の布乃利そばを食べる su-さん一押しのお店です お昼に成ると長蛇の列が出来て食べるのに一苦労と早めの到着でした テーブルに案内されて待つこと10分で「へぎそば」が登場です 喉越しの良い美味しい蕎麦を頂き次の目的地へ移動でした ![]() 醤油(越のむらさき) 三国街道 摂田屋は古くからの街道や信濃川の川湊として 開けていたと伝えられています ![]() お地蔵さま 案内板 摂田屋と言う地名は中世の武士や僧侶の簡易宿泊所「摂田屋」に 由来すると言う説が在ります ![]() 文化財 街並み 江戸時代には上野寛永寺の領地に組み込まれ緩い規制に恵まれました 立地条件のもと 味噌 醤油 酒の蔵元が集積しました 摂田屋マップより抜粋しました ![]() 仁太郎ワールド コテ絵の蔵 仁太郎ワールドは唯一無二の世界と言われています 創業者 吉沢仁太郎は17歳で勤めた薬種屋で薬種の製法を覚え21歳から竹筒に 入れサフラン酒を売り始め商才を発揮して瞬く間に売り上げを伸ばしたと伝えられています ![]() サフラン酒 屋敷探索 明治27年31歳の時 摂田屋の現在の場所に店を構えた 薬種にとどまらずウイスキーやワインも手掛け 中でも「銃印葡萄酒」は 本舗に巨万の富をもたらした非凡な才能に加え研究熱心で 行動力も持ち合わせ彼は商売で大成功を納める ![]() 衣装蔵の案内 庭 園 庭園に在る仁太郎作と思われる不動明王像や燈篭を観る 彼の豊かな芸実性を感じる事が出来ます ![]() 旧正門 離れ屋敷 使われている木材は屋久杉をはじめ貴重なもので作られています 屋根も勾配が膨らみのある独特の作りで内装も重要文化財にふさわしい物ばかりでした ![]() 離れ屋敷案内板 正門写真 見る人に感動や驚きを与える創作活動の根底には皆を楽しませて やろうと言う精気が感じられます ![]() 屋敷内部 重要文化財 この様な本舗の庭園や建築は生涯をかけ製作した 作品と言っても過言ではないでしょう ![]() 陶器の便器 有田焼 厠 ![]() 引き戸に描かれた絵 フェニックス ![]() 天 井 案内人 昭和16年 庭木の手入れ中に刺された棘がもとで病死 生涯を閉じました(78才) 仁太郎ワールドより抜粋 ![]() 吉乃川酒造 試 飲 創業は天文17年(室町時代)酒造としての歴史は新潟県で最も古い お店の中で試飲が出来ます 皆さんは帰ってから運転をしなくてならない為に飲むことが出来ません・・・笑 代表で私が数種類の日本酒を頂きました ![]() 伏流水 清 酒 店内の様子 田中角栄さんが好んでいただいたと言う酒をゲット まだ飲んでいないが楽しみである! ![]() 光福寺 (長岡藩本陣) 案内板 最後に回ったところは光福寺です ![]() 戊辰戦争 石 碑 長岡藩本陣跡。 小千谷会談決裂後、河井継之助は諸隊長を光福寺に集め「開戦やむなし」と宣言した。 1868年5月19日に長岡城が落城するまで本陣として使われた。 動画をご覧くださいね! 戻る |