2011年2月11日
 (4時間の葛藤 と その後の経過

安達太良山にて左足を骨折  2011年2月11日

11日AM9:00ゴンドラ山頂駅より山スキーにて山頂を目指す
寒気が入り天気予報が安定してないために午前中に下山予定で入山した

薬師岳を通過するときは時折太陽も顔を出す天候だった
仙女平の霧氷を写真に撮り先行する団体さんが尾根筋の急斜面を登る姿を
記録にとりながら滑降予定の烏沢の状況を確認して山頂にはAM10:45分に
到着、安達太良山の道標でシールを外し滑降開始シュカブラの斜面を慎重に下りる

烏沢の源頭部を目指してオープンバーンを滑降開始した
所々クラストしてた為に大きくターンして慎重に沢筋を下りる
大斜面を標高1556mまで下ったときに転倒(AM11:20分)して左足に激痛が走った
倒れた状態では左足だけが逆向きになり動かない、体を起こして足の向きを変えて
痛みが去るのを待つことにした。20分ほど動かないで、後に体を起こし同行者に板を
外して頂き立ち上がるが激痛で歩くことが出来ないことが解った。

倒れた場所から尾根筋までは2〜300m位と思われたので這って移動を試みた・・
しかし急斜面で腕が滑りなかなか進まない、足の激痛と這うという行動では下りることが
無理と判断してゲレンデに居る仲間に連絡しAM11:40分、救助要請を致しました

救助要請と共にツイルとを張り体温低下を防ぐためにホッカイロを数個使用した
PM12:00頃 福島県警から携帯電話に連絡が入った為に状況を説明する
福島県のヘリが事情により飛ぶことが出来ないので宮城県の救助ヘリを要請したことを
電話で知ることが出来た。その間はツイルとの中で救助を待つが刻々と過ぎる時間と
共に激痛と体温低下が体を襲って来る 外は風が強くなりツイルとがバタバタを音をたて
天候の悪化が感じられ、最悪の状況(ヘリが飛べない)も判断しなくては成らないと悟る

救助要請をしてから3時間位が過ぎた時に移動を決断してツイルとをたたみ
四つんばいで稜線方向に進んだ。同行者には私のザックや板を背負って頂き体一つで
移動を試みるも直ぐ其処に見える稜線には、なかなか到達できない。自由が利かない
自分に苛立ち、情けなく成るや同行者の事を考えると自力で何とか下りる事が一番と
思い、痛みを度外視して立ち上がり前に進んだ。気持ちは前に、しかし足が言うことを
聞かない! それでも一歩一歩進み稜線に辿り着いた。その時に救助ヘリと救助隊さん
が私達の前に現れた。時間は午後3時過ぎと思われる

私はヘリに収容され同行者は救助隊さんと下山した
ヘリは救急車の待つヘリポートへ着き私は病院に搬送される。救急車の中で診断や
応急処置を施された。腫れ上がった左足からスキーブーツを外すために隊員さんが
引っぱるが、この時の激痛は息が止まるかと・・・・の・・・思いでした

病院でレントゲンを撮り処置をしていただく、診断の結果は左足首の骨折です
手術をしなくては成らないが、休日と週末のために応急処置をして頂き病院を後にした


原因
慎重に行動したつもりだが事故が起きてしまった。原因を考えるが転倒する際に
に鈍い音と同時に何かに左足が引っかかった事くらいしか思い出せない
同行者に話を聞いても、ゆっくり滑り倒れるときも激しい倒れ方では無かったと解る

その後の行動
ねんざくらいなら少し待てば痛みが引き歩けるだろうと判断したが、痛みは増すばかりで
事の重大さと、天候悪化が心配だったので救助要請をしました

ビバークの装備や行動食・防寒着・無線機・等々を持ち合わせてた為に慎重に
対応できた。しかし時間の経過と共に最悪の状況が過ぎり行動(移動する)を起こす

結果
救助要請をしたことに判断の誤りは無かったのか、自力で下山が出来なかったのか・・?
事故を回避出来なかったのか、そもそも入山事態に無理は無かったのか等々を考える

多くの関係者各位様や行政に多大なご迷惑をかけたことの反省と・・・
今後どの様に関係者様に対処させて頂くか!
多くの課題が残る事故を起こしてしまいました。 
皆様方に心よりお詫び申し上げます 
                                   Sei


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今日は早朝より某病院に治療と手術の打ち合わせに来院する
診察の結果は腫れが引くのを待ちながら21日に手術をすることになった
20日の午後から入院して21日には骨折部分を開き金具を入れて上下にボルトを6本使い

止める。何年か後に金具を取り出すか否かを見る、施した状態でも良い様である
診察が終わったのは午後の3時半で一日がかりでした。

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昨晩は足が腫れ上がり一晩中痛みが続いた

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6時間に一回ペースで痛み止めを飲んでる
足がパンパンに腫れてて治まらない痛みに耐えるしかない


2月17日
昨晩は痛みが酷く眠れない夜になる
6時間おきの薬を我慢できず4時間めで飲んでしまう、朝が辛かった。


2月18日
昨晩は痛い足首の半ギブス部分の包帯を外してみた
足は紫色のままで皮膚ははち切れんばかりに腫れ上がってる
ギブスの当たる場所にガーゼを入れて養生を試みた


※怪我をしてから体に変化が起きた
  毎日排便が3回あったのに一回しかなくなった。運動できない為か

  
2月19日
今まで私は大きな病気も怪我もなく64年間を過ごしてきた
今回の怪我で普通に動けることが、どんなに素晴らしいことか身に染みて解りました

手元の物を取るにも・直ぐ其処に行こうとしても補助がなければ動けない
健康であることが、この世で一番幸せである事を常に感じて生きなくては成らないと思う!

補助具を使って雪のあるところに行けば、転けて雪の中に沈没し
寝床では布団に足が絡まり、また転ける
車を降りるにしても・トイレに行くにも普段の何倍も費やす時間が・・・


普段はいろんな贅沢を言ってる自分に、今 一番贅沢はと問いかけると
普通に動ける元気な体が一番の贅沢と言い切ることが出来る


     これからは何でも美味しく食べて 働き 普通を大事に!

             自由に動ける元気な体を宝物に一生過ごすことを自分に誓う


20日(天候・晴れ) 
午後に入院 受付を済ませて部屋に入る 仕事のことも在るので個室にした
一応の生活は出来る設備が整ってて快適である 食事は午後の9時まででその後は何も
飲食できない 明日の手術のためです 明日は点滴のみで飲食なし 大丈夫だべか・・・?
入院してからDVD「剣岳 点の記」を2回鑑賞した。PM8:35消灯

21日(天候・晴れ)
今日は手術の日! 夜中に目が覚めて眠れないため持ってきた「親鸞」聖人の本を読む
朝はAM6:30分に起きた AM8:00今朝の診察で担当医から言われたことに・・?
今日の施術が終わってから2〜3日で退院してくれ、理由は部屋空き待ちの人が多い為!
その後の抜糸や治療は通院でお願いしますとの事でした 「病院の都合だけなんですね」
PM3:00手術室に入る、脊髄に麻酔を打ち手術開始 その間はモニター画面を見て
経過を知ることが出来ました 麻酔が効いてきました左足を消毒する次に手術する足の
太股部分に包帯を巻き空気圧を利用するチューブを重ねて巻き、空気を注入した左足の
感覚が無くなる、次に切開から始まり折れた骨にドリルで穴をあけ金属を補強して
ビスで止める。開始から45分で手術が終了いたしました

22日(天候晴れ)
夜中は手術の痕が痛み一睡も出来なかった
その間は座薬や筋肉注射などで痛みの緩和を試みるが一向に治まらず寝ずの一晩でした
PM12:15薬が効いてきたのか痛みが緩和されて楽になる!
午後から多くの方々が見舞いにきてくれた 痛みが和らいだ後で助かった・・・(笑)

23日(天候晴れ)
痛みは徐々に緩和されてきたがトイレまで行くと手術した方の足がジンジンと痛くなり
我慢できないほどの激痛が走る ベットに横になり足を高くあげてると15分ほどで
痛みが和らいできた 主治医の先生に話すと一週間くらいは仕方がない安静にしてて
下さいと言われ・・・? 「手術当日に言われた言葉は2〜3日で退院してくれ」と言う
事は、この痛みを堪えて退院しろと言う事になる俺の体は大丈夫!・・・(笑)

AM11:40分回診頂きました 足の痛みは個人差があるが10日前後と言われる
横に成ってる為に背中が痛くなってきた出来る限り体を動かしてるのだが限界があり
思うように動かせない、これから先のことを医師に聞こうとするが一方的な説明で終わる

24日(天候晴れ)
痛みは一向に改善されない 下げると足の色が紫に変わりジンジンと痛み、
立ってることが出来ないのです しかし今日は強制的に退院の日だ! 
歩くことも立ってる事も出来ない状態でも、トコロテン式に手術が終われば強制的に
退院させられる、現在の医療に疑問がわきました しかもこの痛みは10日間くらいは
続くと医師から告げられてるのです

抜糸は3月2日それまでは自宅で処方された薬を飲んで安静にしてるように言われる
あくまでも病院の都合であり患者の話を聞く耳は持ってないのです 
こんな医療現場が普通であるならば患者は単なる物にしか思いない。優しい思いやりの
医療は昔の話・・?
「※そもそも此処の病院に入院した理由は、某病院から転医する為に
診察に訪れたのです、そこで診察時に医師の話として、入院ベットが混んでるので直ぐに
入院するのは困難ですと言われた。その時に別の病院に行きますと話すと、出来れば
当病院で手術をお願いしたいと言われて承諾したのだ! ・・・ ん〜〜〜  
現在の医療体制は改善されないのか」

体調の変化としては排便が二日ないのが気になる、今までは一日に3回の快便でした
病院選びは慎重にを、教訓に痛む足を引きずるように退院をしました。・・・(笑)


25日(天候曇り)
今日から事務所に出ました 足の痛みは在りますが動かないで居るより気が紛れて良いです
午前中はLoveと山小屋に行く 雪解けの早いのにはビックリでした

3月2日(天候晴れ)
手術から10日目・・・ 
今日は抜糸をして経過を見るためにレントゲンを撮る

経過は良好と主治医から太鼓判を頂いた!
足首を補助具で固定して今日から動かす運動をします


3月4日(天候雪)
怪我をしてから久しぶりに入浴が解禁となる
いや〜 湯船に入れるのは極楽ですよね〜       
縫い目が完全でないために「ポチャー」と入り
長湯は出来ませんでしたが・・・
極楽 極楽    (~o~) 
日々の生活が 少しずつ 少しずつ 普通に戻ってくるのを実感してます。。。

3月9日(天候晴れ)
骨折から一ヶ月あまり、今日は検診のために病院に行く
レントゲン撮影の画面を見ながら経過を説明された
手術痕や縫った傷跡は良好ですと言われたが・・・?
杖を持たずに歩いて行くと・・「杖はどうしました」と担当医から聞かれ
「持ってきません」と話すと再手術になっても責任が持てませんとお叱りを頂きました
まだまだ杖の世話にならなくてはダメのようですね
     無理は禁物・・・反省の診察日になる・・・(苦笑)


3月19日(天候晴れ)
東日本大地震から一週間が過ぎた
私は福島県(原発より60km)に住んでるために東電事故は深刻だ!
物流や燃料を輸送する車が途中で引き返してしまう事態が起きてるのです
浜通りは大きな被害が出てるのも係わらず原発の影響で救助活動が進まない・・・
「地震・津波・原発事故・物流の拒否」などに危機感を持ち住人の移動が始まった
私事ではあるが足の骨折事故が2月11日で大地震が3月11日・・・
4月11日がなんとなく不気味である、何事も起きないことを祈るだけです。
骨折部は順調に回復してるものと思われる・・・?


4月6日(天候晴れ)
今日は骨折部分の経過を見るために病院に行ってきました
レントゲンを確認しながら主治医から言われたことは経過は良好ですが
未だ安定するところまでは行かない十分気をつけてくださいと釘を打たれました
普通に歩けるのはと聞くと「最初に言ったように3ヶ月・・・」は無理ですと・・・(苦笑)

5月11日(天候曇り)
2月11日に左足を骨折してから三ヶ月が過ぎ・・・
今日の診察で骨折部分が復活したことを主治医から聞き思わずニヤケてしまいました
骨折部分に着けられてた補助具も今日から外されリハビリ開始です
普通に歩けない自分に苛立ったことが嘘のような日を迎えることが出来た
此からは、あの時の気持ち(普通に感謝する)を忘れないように過ごしたい!


IMG_0585.jpg


    骨折部分に入ってる金属を取るのは早くて此から三ヶ月後である
    完全復活まではもう少しの時間と努力(リハビリ)を強いられそうですね。。。



7月5日(天候雨のち曇り)
骨折から5ヶ月目、関節の腫れと痛みが出るため診察を受ける
レントゲンに異常はなく骨折に見られる独特の痛みと腫れであると言われる
一年くらいは同じような症状が起きますので辛い時にはシップなどで処置を致します・・??
ん〜〜〜 仕方ないか  一年我慢すんべ・・・(笑)

8月10日(天候 晴れ)
今日は定期検診の日です レントゲンを撮り担当医の診察を受ける
診察の結果、骨折部分に入れた金属を取り出す手術をすることになりました
ボルトが6本と思ってたが今日の説明で7本で金属が止まってる事が新たに解る
入院は8月21日で退院出来るのが4日後に成る予定だ。
その後順調に回復すれば10日後には抜糸出来ると説明をうけた・・・
予期せぬ事態もあるかもと、ボルトの破損や患部の化膿などと脅かされる・・・・?


8月21日(天候 雨)
2月11日に骨折してから6ヶ月が過ぎた
今日の午後に入院して骨折部分から
金属を取り出す手術を受けることになる。いよいよ
完治に向けて最後の治療だ。
入院は3〜4日の予定だが3日くらいで退院したい
そして今日は
「24時間テレビ・力」愛は地球を救う! 全盲の少女(早絵ちゃん)が

アフリカのキリマンジャロに登頂しました、
等々・・・感動のドラマがテレビ放映された。

8月22日(天候 雨)
6時起床 昨日の24時間テレビ名場面が流れてる 何回見ても感動します

今日は手術の為に何も食べることが出来ない あ〜〜 腹減った・・・(笑)
AM9:20点滴開始、担当者から今日の手術の予定説明を受ける 
午後の予定時間が過ぎた、現在時間PM2:30分、PM2:00予定の手術が大幅に
遅れてPM4;00頃に成りそうです。
部屋に迎にきたのがPM4:05 直ぐに手術室へはいる今回も下半身麻酔でお願いした
脊椎注射は鈍い痛みが走る、その後 順調に手術が進み約一時間後に無事に手術が終わりました。
外された金属を見てほっとする。後は麻酔が切れて排泄が出来ればOKと指示がでました。
今回は前回のような痛みが一晩中続くことは無いのか・・・?

手術が終わってから6時間が過ぎた、PM11:00空腹に耐えられず食事をする
足の痛みは前回のような激痛は走らないので痛み止めを飲んで様子を見ることにした。

8月23日(天候 曇り)
6時10分起床、夜中は痛みでなかなか眠れない、ただ前回のような激痛は
無くて楽だった。今朝は33時間ぶりに朝食が出た いや〜美味がったな〜 
(^o^)
先ほど担当の方と打ち合わせをした。明日の午前中に手術の箇所の治療をして
午後に退院の予定になった。午後1時50分点滴を外す、足がジュクジュクと切られる
ような痛みが走る。PM6:30夕食の時間になる泡が飲めないので食べるとしますか・・(笑)

8月24日(天候 曇り)
6時15分起床 昨晩は痛み止めが効いたのか結構眠れた様な気がする

テレビをつけると島田伸介が芸能界引退の報道が流れてた。
反社会勢力との繋がりが原因の様だが「好きなタレントだっただけに残念だ!」。

足の痛みを見るために病室内を歩いてみた、普通に歩くことは出来ないが
生活するに支障は無いだろう・・・良かった 
(^O^) な〜  
縫合部分の抜糸は31日予定です

PM1:15 治療 (消毒&保護)さ〜て 退院だ〜  


8月31日 (天候 晴れ)
今日は手術跡の抜糸の日です、AM8:30に病院に行き待つこと一時間診察を受ける
結果、化膿してるところもなく抜糸をして頂き治療が完了いたしました
後は傷口が開いたり化膿することがない限り通院も終わりで6ヶ月にわたる治療が終わった
色んな事が蘇る山岳事故でしたが無事に通常の生活が出来ることに感謝をすると共に
ご迷惑をかけた方々に心よりお詫び申し上げます 有り難うございました。


まだ左足を曲げると痛みが出るが徐々に良くなるだろう 経過記録を完了いたします。

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